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昨日は、子どもの習い事の日でした。
子どもが習い事に行っている間は、同じ習い事をしている子のママさん達と、近くのカフェでお茶をしながら待っているのが、いつもの流れです。

昨日も、皆でお茶をしながら、他愛もない話をしていたのですが、あるママさんに「そういえば、液体ミルクが発売されたってニュース、見た?」と聞かれました。

そのニュースは、私もかなり気になっていたので、「見た見た!かなり便利そうですよね~。」と言うと、他のママさん達も皆、「だよね~。」とか「下の子がまだ赤ちゃんだから、買ってみようかな?」と口々に言っていました。

液体ミルクって、災害時に活躍が予想されるのはもちろんのこと、赤ちゃんを育てていたら、普段からきっと大活躍間違いなしだと思うんです。

なぜなら、私自身、子どもがまだ赤ちゃんの頃、母乳の分泌量が少なかったため、やむを得ず、母乳とミルクの混合で育てていたのですが、ミルクだと、外出時や夜間の授乳が本当に大変で...。

当時は、「ミルクが作りおきできたら、育児がすごく楽になるはずなのに~。」と実母や夫によく愚痴っていました...。(家庭でミルクを作りおきするのは、雑菌の繁殖等の恐れがあるためNGとされています。)

だから、日本で乳児用液体ミルクの店頭販売が開始されたというニュースを見て、本当に嬉しくなりました。

私が、今後、もしまた赤ちゃんを育てるようなことがあったら、この液体ミルクを絶対に使ってみたいって思いました。(特に、夜間と外出時に。)

そして、その時には、大人用の非常食と同じように、赤ちゃん用の非常食として、この液体ミルクを非常袋に常にストックしておきたいです。

以前、知り合いから、「災害時には、普段たくさん母乳が出る人でも、災害のショックで、突然、母乳が止まっちゃうこともあるんだよ~。」という話を聞いたことがあったので、たとえ普段の育児が完全母乳で足りていても、災害時の備えとして必要だなと感じています。

今は昔、あいのりが好きだった私。
数多くの登場者のなかで一番好きだったのが桃ちゃんでした。
桃ちゃんが離婚したニュースには驚きましたが、このたび十歳年下の彼氏ができたニュースをみて再び驚きました。しかも、彼氏が親友クロちゃんの義弟というから更に驚きです!

離婚してまだ一年もたっていないのに彼氏ができるなんて凄いって思います。
私個人の勝手な想像ですが、失恋よりも離婚のほうが精神的にとても消耗しそうな気がするんですよね。そんな状態で、次のパートナーを作ろうという気力ってなかなかわきにくいのではと思うんですよね。

でも、桃ちゃんには離婚による精神的なダメージを和らげてくれる友達が多かったから、彼氏を作ることができたのかなと思いました。
親友クロちゃんをはじめとして、桃ちゃんは友達が多いですよね。きっと、桃ちゃんはとても性格の良い素敵な人なんでしょうね。だから、桃ちゃんの周りには友達が集まるんでしょう。友達が少ない私からしたら羨ましい限りです。

おっと、私の交遊関係まで話がおよんでしまいました。話が脱線してしまい、すみません。とにかく、桃ちゃんのブログをみると彼氏と幸せそうにしている桃ちゃんがみれて嬉しい限りです。

ただ、ネット上では元旦那さんが可哀想など、彼氏ができたことに関して否定的な意見もあるようです。仮に離婚の原因が桃ちゃんにあって、元旦那さんに何の落ち度もないということであれば、彼氏を早々に作って幸せそうにしている桃ちゃんはひどい人、元旦那さんは可哀想な人ということになるかもしれません。
でも、桃ちゃんの離婚報告ブログを読む限り、桃ちゃんが悪くて旦那さんは悪くないというような単純な離婚原因では無さそうです。だから、元旦那さんが可哀想といって桃ちゃんを批判するのはそれこそ桃ちゃんが可哀想だなと思います。

とにかく、新しい幸せを見つけることができて本当におめでとうございますと言いたいです!

先日、ママ友と子ども達で久しぶりにランチをしてきました。
ショッピングモールのフードコートでそれぞれが食べたいお店のものを買って、数時間だけですが、楽しい時間を過ごしました。

フードコートの巨大スクリーンにニュースが流れていて、その中に『特殊詐欺(オレオレ詐欺)周囲の声かけでも防げない現状』とテロップで映し出されて、その話題で会話が盛り上がりました。

集まったママはわたしも含めて全員専業主婦で、普段は子どもの世話に関わること以外は誰かと話す機会がありません。
今は子どもが小さく手がかかるので育児に時間を割いているけれど、これが少し手を離れるようになって、人とつながるチャンスがなかなかないと突然の詐欺の電話や連絡にも気づかないかもしれないね、と。

独身のときや仕事だけに打ち込めていた若い時期には、どうしてこんなわかりやすい詐欺に引っかかってしまう人がいるのか疑問だったけど、色々と経験が増えるに従って人間の弱い部分も優しく受け入れられるようになってきたね、と言葉をかけ合いました。

おしゃべりの内容は軽いもので、中身が詰まっているとは言えないかもしれないけれど、美味しいものを食べながら好きなことを思い思いに話せて、気分がすっきりしました。
また、家事・育児に自分のできることを頑張ろうと気分を一新できました。

北海道で地震があったみたいですが、北海道の友人が以前、北海道は地震が少ないからテレアポやITの仕事に向いていると言っていました。
その事をその友人に言ってみたら、「やっぱり、日本は火山国だから、北海道でも地震はあるみたいだね。」と言っていました。
仙台出身の友人もいるのですが、その人も、「そうだろ、日本はどこでも安心出来ないよ。」と言っていました。
やっぱり地震を経験した人には見えない絆みたいなものが出来るみたいです。
どうしても、災害を経験しないと災害の被害者の気持ちはわかりません。気持ちがわかるという事は助けたいと考えれるようにもなります。
特に最近、世界でも災害が多くなってきているように感じます。しかし、何か世界中で人々の繋がりがうすくなってきているように感じます。
インターネットが発達して、以前では少人数では出来なかったことが出来るようになって、貧富の差が激しくなっています。
どうしても、お金が稼げないと災害などが起きた時に対応することが難しくなります。
ベーシックインカムという考えもあるようですが、新しい社会のシステムを作っていかなければならないように感じます。
災害が起こっても困った人を助けるような、そんな「新しい社会」を作っていかないといけないんだな、と思いました。

つい最近のこと、小学校2年生の息子が、極めて残念そうに「あーあ、時代が終わるやなー。平成終わりやってー。俺平成生まれやしなぁ。」と不満そうに言いました。

いやいや、時代が終わるって、違うだろうと息子に、「天皇陛下はいらっしゃるわけだし、元号が変わるだけだよ。」と私は説明したものの息子は無言でした。
(ちょっと難しかったかもしかも、私もうまい説明が思い浮かばなかったです)

今、テレビでは、ひとまず、明るいニュースとして取り上げられています。息子もそれを聞いての発言だったのでしょう。

そこでなんだか、モヤモヤしてしまいました。
確かに、昭和と平成は、振り返ると、まるで違う時代にみえます。激動の戦前戦後を含む時代に区切りをつけて、日本人が貧困から先進国へと進み、グローバル化が加速していった時代の流れを感じます。そこでは、振り返ることで、時代を感じます。日々の生活では今、現在の時代を私たちも感じてます。「今の時代ー」なんて誰しも一度は言ったことあると思います。

ですが、元号の変わり目と時代を混同して使うことに、なんだか抵抗を感じるのです。陛下自身が私の時代は終わりだと使うのは全く違和感を感じません。なぜだろうと思うに、きっと私が、「去年と今年の時代は一緒だから」そう思えるからでしょう。
ここに偏屈母さんがいると息子も思ってたかもしれません。